ある特定の看護分野において熟練した看護技術と知識を持つ人は、日本看護協会から認定看護師の認定を受けることができます。1997年から始まったこの制度、現在では(2021年12月末日時点)、22,577人もの方がいらっしゃいます。今回はその中の一人で、「がん性疼痛看護」の認定を持つKさんに、認定看護師を目指したキッカケやどのように専門性を発揮されているのかお話を伺いました。
※2022年3月時点の記事です。
もう同じ後悔はしたくない、という気持ちが学びの原動力
──看護師を目指したキッカケを教えてください。
Kさん:私が看護師を目指したのは祖父の死がキッカケです。祖父にとって私は初孫だったので、すごく溺愛してもらいました。私が小学二年生の時に祖父が体調を崩して入院してしまったのですが、せん妄の影響で性格が変わってしまって。頭の中で「おじいちゃんは死んでしまうんだ」とわかった途端に、人間が変わり果てていく姿に恐怖を感じて病院に一切寄り付かなくなってしまいました。
そのまま祖父は入院先の病院で亡くなってしまったのですが、その時に「私は命の最期を締めくくる支援をしたい」と思いました。
でも、看護学校に入学してからは自分でいろいろなことを采配したいという気持ちが生まれ、助産師に憧れていました。
──意外にも「命の最期を締めくくる支援」とは真逆の分野に進まれたんですね。
Kさん:命を取り上げたい、というよりも、自分でアセスメントしながら決めていきたい気持ちからでした。担任の先生も助産師として働かれていた経験があって、いろいろ相談していたことも影響していますね。
でも、その先生から「最初から産婦人科病棟で働くと、他の分野の知識がわからず困るかもしれない」というアドバイスをいただいたので、幅広い知識や経験を得ることができるのはどこだろうと考え、入職時には救急外来を選びました。そこでの仕事は想像以上に忙しくて、半年くらい経った時に心身ともについて行けなくなってしまって。ちょうどその時、産婦人科病棟で欠員が出たと聞き、産婦人科 消化器外科 口腔外科混合病棟に異動しました。
そこで担当させていただいたがんの患者様との関わりがキッカケで「私が目指したのは命の最期を締めくくる支援ができる看護師だった!」と思い出すことになりました。
──その患者様とのエピソードを詳しく伺ってもいいですか?
Kさん:看護師一年目の頃でした。がんによる痛みが、身体や精神面以外に患者様の存在意義においても苦痛を与えているように見えて、何とかしたいと思っていました。当時の病院には、緩和ケア認定看護師の先輩がいたので、病棟ラウンド時に声をかけて「担当している患者様についてどうしたらいいでしょうか?」と相談しました。でも、結局自分には、ベッドサイドに行って患者様のお話を伺うことくらいしかできませんでした。
自分の冬期休暇で三日間お休みをいただいたことがあったのですが、ちょうどそのタイミングで患者様が急変されてしまわれて。私が休んでいる間に患者様から「あの看護師さんはお休みなの?」「いつもいろいろ話を聞いてくれたのに、Kさんが来る前に体調を崩して何だか申し訳ない」と言ってくださっていたそうなのです。
それを同僚から聞いた時に、最期に何もできなかったことをとても後悔しました。だからこそ、自分は限られた時間の中でできることをちゃんとやっていきたい、という思いがあり今に至る感じですね。
「がん性疼痛看護」を取得し、現場経験の中で培われたプロの視点
──祖父様、そして患者様の命の最期を締めくくる支援ができなかった後悔から「がん性疼痛看護」の資格取得を目指されたんですね
Kさん:病院にいた緩和ケア認定看護師さんに話を伺ったり、自分で色々と調べるなかで、「緩和ケア」と「がん性疼痛看護」のどちらを目指すか悩んでいました。
がんによる痛みは患者様が体験している複雑な苦痛からなるのですが、近代ホスピス運動の創始者と呼ばれる英国の医師シシリー・ソンダースが提唱した概念に「全人的苦痛」というものがあります。身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペインの4つから成り、それらが患者様の痛みや苦痛を形成しているというものになります。例えば、身体的苦痛は足が痛い、精神的苦痛は不安、社会的苦痛は経済的負担、スピリチュアルペインは自分には生きている価値があるのか、といったものです。担当していた患者様もがんによる疼痛からこれら全ての側面に影響を与えていたことを考えると、「がん性疼痛看護」を学び、痛みを減らすことができればその人のQOLを変えることができると思っています。
また「がん性疼痛看護」の方が、発症初期から最期まで関わることができて、それだけ多くの人に自分の力を差し伸べられる機会があるかもしれない、と思い、「がん性疼痛看護」を選びました
──初歩的な質問ですが、「がん性疼痛看護」と「緩和ケア」の違いって何ですか?
Kさん:当時、教育課程のカリキュラムでは「がん性疼痛看護」は痛みには何らかの原因がある、ということを起点にアセスメントをしていきます。そして、精神面や社会的な影響を受けて、痛みが増悪していくと考えていきます。すごく簡単に言ってしまうと『フィジカルアセスメント』から入る感じです。
一方「緩和ケア」では主に終末期を過ごす方に、QOL向上に向けた苦しみを和らげるケアを行うという考え方です。それぞれの資格取得に必要なカリキュラムでも大切にしている部分の違いが表れていますね。
──なるほど。認定看護師の資格は5年ごとに更新が必要ですが、そのためには学会や研究会への参加が必要になりますよね?
Kさん:最近はあまり参加できていませんが、前職のときには更新ポイントを貯めるために定期的に学会発表にも参加していました。自分の持っている認定看護師の資格を更新していかないと、自分の資格を頼りに来ている患者さんたちに適切な医療提供の道を閉ざしてしまうことになると思っていたので、必死に取り組んでいましたね。
──Kさんが以前出されたポスター演題を読ませていただいたのですが、その中の一つに『緩和病棟では患者・家族と信頼関係が構築される前に看取りになるケースが多く、看護に対して達成感を感じにくく、ジレンマを抱えることが多い』とありましたが、Kさんご自身はいかがですか?
Kさん:担当していた患者様がご逝去されることをきっかけに、医療従事者がバーンアウトしてしまうことはよくあると思いますが、私にはそれが一切なくて。もちろん悲しい、寂しいという感情はあります。でも、人はみんな必ず亡くなります。だからこそ私は「人が亡くなる」ということを前提に何をすべきか常に考えるようにしています。ケアのゴールを「いかに生を終えるか」として看護目標を立てているので、患者様が亡くなることでモチベーションが下がるということはないですね。
──私は理学療法士で「よりよく生きるためには?」という視点でリハビリをしていたのでお客様がご逝去されると落胆してしまうことが多かったのですが、Kさんがおっしゃるようにケアの目的が違うと捉え方も大きく変わってきますね。
Kさん:そうなんですよ。私が一年目のときに参加した学会で、今でも覚えている言葉があるのですが、『緩和ケア、終末期で患者様を看るにあたって、その人の死から逆算することが大切』とおっしゃる先生がいました。
緩和ケアではお看取りが前提になり、何かを喪失していくことの連続です。でも、それだけでは辛いので、喪失していくなかでその人に残すことができるものはなにか、残されたものをどうやって活かすか、どう形を変えていくかに焦点を当てることが大切だと思っています。
──がん性疼痛看護の資格を持つKさんならではのプロフェッショナルな視点ですね。Kさんにとって「プロフェッショナル」とはどんな姿ですか?
Kさん:常に止まらない、常に考え続けること。そして、何ができるのかをひたすら探し続けることですね。
──まさしくソフィアメディの行動指針の中にある「プロとして誇り高く、あらゆる可能性を追求する」ですね!
認定看護師としての野望、同志を増やしたい
──Kさんが「プロフェッショナル」であり続けるために、意識していることはありますか?
Kさん:私の好きな書籍、ミルトン・メイヤロフの「ケアの本質」にも書かれているのですが、私は「その人がどうしたいのか」をその人になったつもりで考える、ということを大切にしています。
でもそれと同時に、私は「その人には決してなりきることはできない」ということを自覚するようにもしていて。認定看護師としての資格を持っていても、その人になりきることはできないので、それを自覚した上でどのように知識や技術を活かしていくか、という2つの側面を意識していますね。
──なるほど。がんは今や2人に1人が発症する病気と言われていて避けることが難しいと思いますが、もしがんになってしまった場合どのように病気と付き合っていくべきなのでしょうか?
Kさん:厳しい言い方になってしまいますが、他の病気と同様に、なってみたいとわからない、というのが正直なところです。他の病気であれば、発症からの経過や症状などから分類や型に分けて適切な治療を選択することができます。もちろんがんという病気にも分類や型などが決められていますが、症状の進行や苦痛の程度は人それぞれです。先ほども言いましたが、がんによる苦痛は身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペインと様々なものが影響し合っています。特にスピリチュアルペインの部分は100人いれば100通りあって、同じ型はありません。だから、どのように病気と向き合っていくか、という部分は自分自身で探っていくしかないと思いますね。
だからこそ私は、「この方はがんという病気とどのように向き合いながら生きているのだろう?」という視点を忘れないように関わらせていただいています。
──そう考えると「訪問看護」もお客様が住んでいる環境や大切にしている価値観が多様で、その人らしさを追求するという点においては、がんという病気との向き合い方と似ているのかもしれませんね。
Kさん:それはすごく思います。相手にとってこれが良い、と思ってご提案しても決してそうじゃないこともあります。だから、自分が持っている知識や技術が相手にとって選択肢の一つになればいいな、くらいに考えています。あくまでも私たちはお客様の人生において黒子と思っています。
──「がん性疼痛看護」の資格を持つ認定看護師として、今後の目標を教えてください。
Kさん:ソフィアメディは北は札幌、南は福岡までステーションがあります。そして、がんの方は全国にいらっしゃり、対応するステーションでは同じような課題や悩みを抱えていると思います。だから、自分の持っている知識と技術をソフィアメディのなかで共有することによって一人でも多くの方に届けたいと思っています。
今は新型コロナウイルスの影響もあって、他のステーションと交流する機会を作ることが難しいですが、スタッフさんに「こういう風にやってみたらどう?」というようなお手伝いをしたいなって。スタッフさんたちが、がんに対する知識や技術をより多く持つことで、がんや終末期の方に対して自信を持って関わることができれば、満足してくださるお客様も増えると思うんですよ。
最愛の祖父の死、そして緩和ケア病棟でお看取りすることができなかった患者様。この時の経験が「命の最期を締めくくる支援をしたい」という強い想いの原動力になっており、「がん性疼痛看護」への道に進むキッカケとなりました。今では、がんという病気に対する学びは生活の一部と話すKさん。同じような想いを持つ人を増やしたり、活動の裾野を広げていくことが認定看護師を目指した時からの目標で、今回のインタビューを快く引き受けてくださりました。今まで約1,200通りのお看取りに立ち合い、約1,200通りの生の終わりに関わって得られた知識や技術を、仲間そしてお客様へと広めていく伝道師として、これからもご活躍されることと思います。