2022.7.11
総研
【セミナーレポート前編】在宅医療の質をどう評価し、活用するか:日本や諸外国における現状、課題
こちらは2022年6月15日(水)に行われた、第2回目となるソフィアメディ在宅療養総研セミナーのレポート記事です。
医療の質を評価するアウトカムの一つとして活用されているお客様満足度(以下、CS)。しかし、CS調査を実施することは、現場や関係者にとっての負担も大きく、継続する難しさなどさまざまな課題が現状としてあります。
ソフィアメディ在宅療養総研では、すべてのCS調査結果をホームページに公開されている、在宅療養支援『楓の風』より野島さんと下手さん、そして患者中心の医療サービス提供の普及と振興に関する活動を行い、医療の質向上に寄与することを目的とした日本 Patient eXperience(以下、PX) 研究会より講内さんをお招きし、セミナーを開催しました。在宅医療における質の評価をテーマに、訪問看護師や在宅医療に従事する方向けのイベントレポートを前後編でお送りします。
前編では、日本や諸外国における在宅医療領域の現状、課題についてPX研究会の講内さんとソフィアメディ在宅療養総研所長の中川さんにお話しいただきました。
在宅医療におけるサービス評価とは?その現状と課題
中川さん:
まず、本日『医療の質の評価』をテーマとして取り上げた背景と、日本の現状、課題についてお話しさせていただきます。例えば看護の世界では、日本看護協会が主導してさまざまな病院で取り組まれている『DiNQL』事業といったものがあります。それぞれの病院の体制や看護配置に対して、褥瘡や転倒転落の発生数などのアウトカムを入力し、ドナベディアンモデル(医療の質評価の枠組み)の構造(ストラクチャー)・過程(プロセス)・結果(アウトカム)の側面から、労働と看護の質やデータ項目を整理・分析し、病院へフィードバックされる仕組みです。他の病院と比べて自院がどのようなアウトカムの傾向があるのか、これをもとにさまざまな取り組みに使えるものとなっている報告があります。病院ではこうした取り組みが広がりつつあるものの、一方在宅の領域ではまだ十分に体制が整備されていないのが現状です。
その背景には、在宅領域では質の評価が難しいといった側面があります。主な理由を3つ挙げると、
①コンセンサス取得の難しさ
まず、コンセンサス(合意)を得るのが難しいこと。例えば、胃瘻の選択ひとつとっても、胃瘻にして延命治療をすること自体を社会的、文化的にどう受けとめるかは、個人の主観やその地域の文化などの影響を受ける部分があります。医療サービスを強く望まれない方々もいらっしゃるかもしれません。実際にそのアウトカムに対するコンセンサスを得ることが難しいとされています。
②評価時期や期間設定の難しさ
次に病院や施設への入院や入所と違い、始まりと終わりの区別がつけにくいところもあります。在宅療養の期間において、いつどの時期に、どの期間で評価をすればいいのかを決めることも難しいとされています。
③複合的ケアの中で単独のケアを切り出してアウトカム評価することの難しさ
要介護度の変化は介護経済的な観点から測定されることがあります。一方で介護サービスを複数組み合わせて利用することが多く、最後に、要介護度がどう変化していったか、医療や介護の経済的な観点から測定されることも多いですが、要介護度においても、複数のサービスを利用されていることが多いです。訪問看護やリハのサービスだけで良くなったのか、それぞれサービス単独での評価がしにくいとされています。
その他にも、在宅医療においてはご家族のアウトカムも重要視されています。
一つ調査報告を紹介します。療養者ご本人またはご家族が自宅で最期を迎えたいと希望される方と、自宅以外を希望される方が人生の最終段階を、自宅で過ごされた場合、一週間未満病院で過ごされた場合、一週間以上病院で過ごされた場合、それぞれで満足度にどのような関係性があるのか調べた研究があります。
そのなかで、スライド左のグラフのように、療養者ご本人が自宅を希望していたけれど、自宅では亡くなることができなかった、実際に希望した結果と乖離が生じてしまった場合において、介護者になられるご家族の満足度については変わらないという報告があります。一方でスライド右のグラフのように、ご家族が自宅以外を希望していながら自宅で最期を迎えた場合に、満足度の結果が著しく下がるという結果があります。ご本人のみならず、ご家族や介護者の意向を適切に確認した対応が求められるとされています。
実際に在宅医療の質の評価の際に影響されているのが、以下の9つの要素です。
スライドの通り、「患者・家族の満足度」「患者家族への支援・理解」「患者生活状況の把握と管理」と、”家族”というキーワードが多くあらわれています。さらに在宅の場合には、病院のように自院の同じ部署のスタッフばかりではなく、他施設との連携なども含まれます。こうした家族の影響因子、または組織間の連携といったような複数の支援機関・支援者が影響してくることで測定が難しくなってきます。
こうした難しさが前提としてあるなかで、それでも何かを指標に作っていかなければならない、またそれぞれ結果をもとに改善を図っていく取り組みを行っていかなければならないと思います。その点で、日本以外の諸外国ではどのような取り組みがなされているのか、PX研究会の講内さんから詳しくご紹介いただきたいと思います。
医療の質とは、諸外国の現状
講内さん:
まず、『医療の質』について、一度定義を確認したいと思います。2001年にアメリカの医学研究所が「国際的に医療の質とは、6つの主要構成要素がある」と発表しました。
- 有効性
- 公平性
- 安全性
- 効率性
- 患者中心性
- 適時性
そのなかで今回は患者の意向、ニーズ、価値を尊重した医療サービスが提供されているかという『患者中心性』について、少し深掘りしていきたいと思います。
海外においては、在宅医療単体の評価の枠組みがあるわけではなく、プライマリ・ケアという枠組みで評価されています。特徴としては継続的にみていく、家族および地域の枠組みで責任を持ってみていくといったところに焦点があてられています。特にこのプライマリ・ケア施設の第三者評価プログラムでは、予防医療や在宅医療を含めた包括的評価がなされているところも大きいでしょう。
例えば、国際機関において認定を受けた各国のプログラムをまとめた文献もあります。
アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった国それぞれの認証機関や組織、プログラムの名称などがまとめられています。まず、対象施設でいえば、多くは診療所となっています。その点、アメリカやオーストラリアは経済的インセンティブがあります。こうしたところは日本と諸外国の大きな違いかと思います。日本と比較した具体的な特徴についてお伝えします。
まずはプライマリ・ケアの中に予防医療の評価や在宅医療の評価が含まれていること。患者が評価する医療の質も含まれます。そして、プライマリ・ケアの特性が含まれるところです。特に患者が評価する医療の質では、患者中心性というものを大事にしていてレポートの大目標にあげています。そこで弁別性の高いペイシェント・エクスペリエンス(以下、PX)が活用されています。
医療の質の担保でいえば、諸外国の実践例を2つご紹介します。オランダのビュートゾルフとイギリスのGP(家庭医制度)です。
ビュートゾルフはオマハシステムを用いて、地域における看護師の幅広い役割を効率よくデータ収集していくことで、アウトカムのモニタリングを行い、質の向上を図っています。しかも、これを関係各所と連携してひとつの知見として共有できるようになっています。イギリスのGPは、NHS(ナショナルヘルスサービス)が根底にあり、公平な医療を必要とする人に無料で提供されています。なかでも2002年にPXサーベイを導入して、2008年から医療安全、医療の質として政府主導でやっているのが大きな特徴です。
こうした諸外国の動きがあるなか、日本ではなぜこんなにも浸透してこないんだろうかと、皆さんも気になるところだと思います。一つ言われているのは、医療の評価において、”提供者の自発性”が大事だということ。ただ、その背景にはさまざまな問題があります。そもそも、医療提供者が医療の質とはどういうことなのだろうか、医療の質を評価して改善するというのはどういうことかと、教育を受ける機会が足りていません。そのなかで、在宅分野におけるICT化の遅れや、第三者評価プログラムがないこと、経済的なインセンティブの欠如も影響しているでしょう。これらの要素が組み合わさり、医療提供者自身の自発性がそこまで出てこないのではないかといわれています。
また、PXという考え方。日本語では”患者経験価値”と訳され、「患者が医療サービスを受けるなかで経験するすべての事象」と定義されています。例えば、入院から退院まで患者がどのような経験をしたか、その経験は患者さんにとって最適であったか、その総まとめとして聞くのがCS調査になってくるでしょう。PXは患者それぞれが経験したプロセスにあります。海外でこの考えが広がっているのは、PXを高めていった結果、経営や医療の質にプラスの影響があるという報告があるからです。プロセスを整えたことによってCSやES(職員満足度)の向上、退院日数の短縮、コスト削減が期待されています。そして、最近注目されているエンプロイー・エクスペリエンス(EX従業員体験)の向上が見込まれることも大きいでしょう。先ほど紹介したアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドでも政府がPXの統一事業を推進しています。その他にもイスラエル、サウジアラビア、UAE、インドの各国でもPXで研究、推進が進められております。 PXを重視する傾向は、世界的に広がっています。
ただ、日本の医療マネジメント学会を見ても、少しずつ変化してきていると感じます。2021年のテーマは「今、医療介護に必要なこと-変革に挑戦する-」となっており、2022年は「持続可能な地域医療を目指して-機能分化・連携と人材マネジメント-」と、介護や地域という言葉が入ってきているのは大きな変化です。また、在宅医療においては、利用者様への調査は難しいので、家族へのPX調査というのも進められてきています。引き続き、本日のセミナーでCS調査による評価から質改善への取り組みも含めて、実践されている例を一緒に学んでいきたいと思っています。
中川さん:
講内さんありがとうございます。日本は在宅医療そのものの発展が諸外国に比べて遅れているような状況ではありますが、今後同じような経過をたどっていく可能性が非常に高いとされています。むしろ、日本の方が高齢化の速度が早い部分もありますので、なるべく早くこれらの課題に取り組み、改善に向けて推し進めていくことが重要になってくると思います。
参加者からの質疑応答
Q>諸外国のオンライン診療、家庭医の予防に関する取り組みについて
中川さん:
諸外国ではオンライン診療はどのようにされてるのか、家庭医がされてる予防に関する取り組みについて質問があります。講内さん、ご回答いただいてもよろしいですか。
講内さん:
最近ではイギリスでもオンライン診療が進んでいます。すべての診療所ではありませんが、対応しているところが多くあります。また予防といったところの捉え方は、家庭医が生活習慣病のリスクに対してどういうアプローチをしたかというのも含まれるとは思います。しかし、実際はもっと大きな点で、システムとして予防しているという意味合いが近いと思っています。家庭医を含むGPでのチームがあり、ワクチンや健診・検診がクリニカルパスなどに沿って適切にできているかというところが評価のアウトカムになっています。患者個人に対して予防という取り組み方ではないかもしれませんね。
中川さん:
ありがとうございます。今お話されたのはキャピテーションモデルの部分で医療経済にインパクトをもたらす部分になるかと思います。個人としてもそうですが、地域全体として医療費が下がったことで、インセンティブがつくところが、イギリスや米国で進められている取り組みに繋がるのかと思います。
───後編へ
[文]白石弓夏